【小さな窓から】2歳児A君のこと。空気を読む功罪

2017年10月10日

2歳児A君のこと。空気を読む功罪

FUSAKO

ずっと心に引っかかっている言葉がある。「空気を読む」だ。一時KYという言葉が流行った。空気(K)が読めない(Y)という意味だった。確かにその場の空気というか、状況が乱されると周囲は乱した人に厳しい視線を向ける。TPO(Time/Place/Occasion)を考えて行動することは社会で定着しているように思える。お葬式で色物や派手な服を着て来る人はいないし、結婚式には「普段着で出席を」と言われてもそれなりに気を遣う。この常識と言われることの始まりは、主人公の気持ちに寄り添うことだったとは思うけれど。

大学3年生の夏休み期間、私は神戸市にある大きな養護施設に教育実習に行った。赤ちゃん、2歳児、3歳~5歳児の部屋と約2週間ずつ3人位の学生グループで実習、体験をさせてもらった。保育所や幼稚園などとは全く異なった経験だった。楽しかったことより無力さを感じることが多かった。

養護施設で生活しているこどもたちは、当時でも親がいないというより、両親の離婚、または困難な経済状況でこどもを育てられないなど家庭の事情で入所している子供たちが多かった。すべて子供に責任はなく、大人の都合であるのは今も変わりがない。今は虐待で保護されている子供が多くなっていると聞く。

2歳児の部屋にいたA君のことが忘れられない。保育者(資格があったかどうかはわからない)が世話をする上での都合なのか数個のベビーベッドがあり、サークルが上げてあって幼児一人ではフロアーに下りられない。誰かに出してもらえないとずっと小さな空間に隔離されたままである。そんなサークルの中にいつもA君は入っていた。

私たち学生を見て、10人位いた幼児の中で一番喜んだのはA君だった。しばらく見ていてわかったのだが、職員の保母さんたちはほとんどA君にかまわない。必要最小限の世話はするのだが、抱っこしたり、話しかけたり、頭をなでたりいわゆるスキンシップがほとんどなかった。当時「トビヒ」が流行っていて子供たちはみんな白いクリーム状の薬を塗ってもらう。順番に薬をつけてもらうのだが、2,3人の子供は保母さんの膝の上で話しかけられたりしてスキンシップの機会にもなっていた。しかしA君にはそれがない。ささっと薬を塗るだけで終わり。やっと順番が来て、あっという間にまた一人になる。私は最初なぜ子供たちへの対応に差がつけられているのかわからなかった。

A君は自分にかまってくれるのを大喜びし、もっと沢山、もっと頻繁に自分のところに来てほしいと要求しているのだった。忙しい中で、それがうっとうしいのか保母さんは彼を無視しているように見えた。ネグレクトだったと今は思う。A君は幼い2歳児の中で、「知的な子」だった。大人の気持ちを、考えていることを読み取ってしまう。見透かされてしまう気がするからか保母さんたちは彼を自分の視界から外したのではないだろうか。他の幼い子供たちのように可愛がってもらいたいと求めても、求めても得られない。その毎日の繰り返しでA君は見捨てられたような寂しい思いを募らせていき、私たち実習生に対して愛情を求めていたのだと思う。私たち学生は何をしたのか?何が出来たのか?最初はA君に声をかけ、抱き上げて少しは喜ばせもしたが、一人の子供だけを特に可愛がるのは好ましくないという雰囲気があった。要するに円滑に教育実習を終えるために「空気を読んだ」のだった。自分たちへの言い訳としては「短い実習の期間が終われば、もう可愛がってあげられないし、寂しい思いをすることになるから、かえってA君かわいそうかも・・・」という理由だった。実習が終わってまた普通の学生生活に戻ってからも、小さな彼が一人でサークルにつかまって立って、手を出して自分のほうに来てほしいと求めて、そしてかなわないと、がっくりと頭を落としていた姿が目に焼き付いていた。

反省をこめて今は思う。たとえ一瞬であっても心をこめて愛することはできるし、手をつなぐことでぬくもりも伝わる。温かさや優しさも感じ取ることはできる。短い時間でも彼の小さな心の片隅に暖かい灯として残ることもある。あの日に帰りA君を抱いて「ごめんね」と謝りたい。若くて未熟だったとはいえ、その場の空気に流されて「配慮」という得体の知れないものに負けてしまった私を許してほしいと。

すべてをご存知の造り主である神様に、時空を超えて、小さな孤独に耐えているA君を一日も早く彼の親が迎えに来てくれて子供らしい家庭生活を取り戻し、幸せになってくれていますように、と祈るのみです。