【小さな窓から】色彩について

2017年6月29日

色彩について

Fusako

誰でも出掛ける場所によって服の色を気にする。お葬式には黒、入学式や卒業式に出る時には改まった色というように。

以前、伯母が肝臓がんで入院していた時に淡いピンク系のブラウスを着て見舞いに行った。伯母が「いい色だね。」とほめてくれたのを思い出す。激しい色は病院には向かない。色には見る人に与える印象がそれぞれに違ったものがある。

随分と昔のことになるが、私は神戸にある英語の学校に通っていた。夕方から始まる学校なので高校生、大学生、会社勤めの人たちが学んでいた。ある日60代のアメリカ人の女性教師の授業に出ていた。中肉中背の彼女はいつも活発でおしゃれで姿勢が良かった。髪はアップで、イアリングをつけ、ヒールのある靴を履いてさっそうとクラスに入って来られる。その日彼女は紺色のワンピースを着ていた。途中後ろを向いて板書きをされた。腕を上げたそのときワンピースの裾から真っ赤なレースが見えた。どこからともなく「アッ」という声がもれ、みんなの目はわずかにのぞく赤い布地に集中していた。振り向いた先生は生徒が何に見とれているか全く気付かない。「どうしたの?」といった顔で授業は続いた。あの時の紺と赤のコントラストが今も目に強く残っている。

当時の日本では(欧米人の多くいた神戸でも)下着は白が主流だった。わずかにベージュのスリップも売られ始めてはいたけれど。ちなみに先生はMrs.Hastingsと呼ばれていて未亡人だった。亡くなられたご主人はアメリカのキリスト教の大きな教会の牧師であったと聞いていた。彼女は長く牧師婦人だったのだ。決して華美な世界の人ではなかった筈。

年齢を重ねても、自分を美しく変身させ元気にしてくれる色彩にこだわるのはいいことだと思う。